★商品状態について★
ユーズド商品です。
天板の一角にわずかな透きがあるのと、地板に薄いスレがありますので、拡大画像にてご確認ください。
いずれも気にならない程度であり、柱の差込は揺るぎのないしっかりとした造りです。
セットの卓下建水には、時代の使用感があります。
※桑小卓、卓下建水のセットでの販売です!
昌晴作の唐銅卓下建水は名越昌晴にしては新しいように思いますので、ロマンはありますが詳しくはわかりません。
桑小卓はとても良い材で造られ、指物も良いです。
色合いと木目がとても綺麗です。
ひょうたん屋さんは廃業されました。
手に入るうちにぜひどうぞ!
紙箱付きでの販売です。
★寸法★
高さ 約52cm
縦横 28.5cm×28.5cm
卓下建水 高さ5.5cm×19.2cm
★桑小卓★
桑木地で、総高一尺七寸一分の細長い姿の、三分角に一分面取した四本柱で、天板と中板が同じ大きさで、地板がやや大きく、中棚が地板より二寸高と低い位置にあり、中棚と地板との間が聖足になっている小棚です。
桑小卓は、天板は面を丸くとった唐戸面(からどめん)を施し、地板は木口を矢羽の後の部分のような矢筈(やはず)に取ってあります。
桑小卓は、裏千家四世 仙叟宗室(せんそうそうしつ)が、床に用いるために好んだもので、上に青磁袴腰香爐(せいじはかまごしこうろう)、下に瓢(ふくべ)の細口花生(ほそくちはないけ)を取合せたといいます。
桑小卓は、表千家七世 如心斎(じょしんさい)天然宗左(てんねんそうさ)が、点前用に用い始めたといいます。
◆名越昌晴(なごし まさはる)
江戸時代初期の釜師で、江戸名越家十代です。
名乗は「昌晴」(まさはる)、通称を「弥五郎」(やごろう)、入道名は詳でありません。
旧姓を小幡仁之助といい、八代名越昌孝の門人で、九代昌芳に嗣子がないため、昌孝の長女マス子の婿となって十代を継ぎ、幕府の御釜師となります。
名越昌晴は、徳川家伝来の東山御物雲龍釜を修補、嘉永五年(1852)十一月江戸城内宝蔵大火火災のあと文久二年(1862)閣老の命で名物釜六箇を修補し、その功により黄金一枚を下賜されます。
名越昌晴は、明治四十四年(1911)八十一歳で歿します。


