★商品状態について★
ユーズド商品です。
無疵で使用感はまったくない綺麗な状態の商品です。
茶入には割れ、欠け、ニュウなどありません。
拡大画像にてご確認ください。
蓋は目のよく分かる本蓋です。
裂地にも使用感はまったくなく、きれいな状態です。
遠州七窯の一つ、上野焼の名工 十六代 熊谷保興作の上質な茶入の作品です。
上野焼作家である保興師らしい赤みの強い土の景色と、流れる少し緑かかった釉薬の景色が美しい作品です。
仕覆は「万葉華紋」と「剣先緞子」いずれも京都西陣織龍村製の二つが添えられております。
上質な仕覆で、どちらも状態も良いです。
共箱付きでの販売です。
共箱は四方桟の盛蓋が添えられた上質な組箱です。
★寸法★
高さ(蓋含む) 9.8cm
径 6cm
蓋径 3cm
●遠州七窯 上野焼 熊谷本窯 十六代 熊谷保興
昭和15年 福岡県田川郡赤池町上野に生まれる。
上野焼第十五代熊谷紅陽の長男。
昭和37年 金沢美術工芸大学彫刻科卒業。
東京にて辻清明に師事。
昭和48年 日本工芸会正会員に推さる。
昭和50年 上野焼熊谷本窯第十六代を襲名す。
昭和59年 国指定伝統工芸士に認定さる。
平成2年、秋篠宮殿下に献上の花入を制作しました。
天皇陛下がとびうめ国体で福岡行啓の際、献上の茶入を制作しました。
各地百貨店にて個展多数、伝統工芸展入選多数。
●上野焼
慶長七年(1602年)、上野焼は豊前小倉藩の藩主 細川忠興(三斎)候が、陶工の尊楷(上野喜蔵高国)を招致し藩禄を与え、細川藩窯として上野郷に窯を創設させたことに始まります。
大政奉還後、廃藩置県により三家は相前後して廃絶。
上野焼の復興を目指した熊谷九八郎ら5名は、上野焼最後の陶工であった吉田家十二代半七を技術者の中心として
田川郡の補助金を受け、上野焼を現在の地(熊谷本窯)に再興します。
5名のうち最後まで作陶を続けた九八郎は、明治35年(1902年)、半七より上野焼第十三代を襲名。
上野焼の命脈は昭和13年まで熊谷本窯一家にて維持され、十四代龍峰、十五代紅陽、十六代保興として今日まで継承されます。


