★商品状態について★
ユーズド商品です。
使用感が少なく、無疵でとても綺麗な状態の商品です。
割れ、欠け、ニュウなどなく、汚れもありません。
各部画像にてご確認ください。
京焼の名工である宮川香斎(真葛香斎)作の、青楓流水茶碗です。
武者小路千家の十三代家元、有隣斎宗匠(徳翁宗守)の御好のお品です。
己未西暦(1979年、昭和54年)に好まれたお品で、御書付は不徹斎宗匠が若宗匠の時代、「宗屋」の時に書かれております。
平成二年に利休400年忌があり、三千家の御好のお品がいくつか製作されました。
こちらのお茶碗もその時のもので、有隣斎宗匠が病のため代わりに不徹斎宗匠が御書付したものです。
不徹斎宗匠は平成元年の12月に「宗守」を襲名されておりますので、そのほんの少し前に書かれたお品です。
美しい白地に、初夏から夏にかけての景物である青楓と流水を
色絵と金で優美に描いており、たいへん華やかで目を惹きます。
希少なお品ですので、季節のお取り合わせにいかがでしょうか。
共箱、共布、しおり、紙箱付きでの販売となります。
共箱は上質な四方桟の盛蓋です。
★寸法★
高さ 6.9cm
径 12.8cm
~四代 宮川香斎(初代 真葛香斎)1897年-1987年~
二代宮川香斎の次男として生まれる
本名:金吾
号「香斎」「永誉」「治平(隠居後)」
1909年 京都徒弟伝習所轆轤科に入所し、卒業後は家業に従事
1913年 4代宮川香斎を襲名
1915年 北大路魯山人が作陶の手ほどきを受けに陶房を訪れる
1929年 久田家11代無適斎宗也師事、本格的に茶道具制作に専念
1934年 無適斎宗也に「真葛焼」の箱書を授かり「真葛香斎」を号した
1972年 婿養子・三喜重に家督を譲って隠居し、「治平」を号した
~五代 香斎~
大正13年 東京に生まれる
旧姓 杉本三喜重(宮川治平香斎)
昭和20年 四代永誉香斎の長女美津と結婚し宮川家に入籍する
昭和21年 父につれられて半床庵久田無適斎宗匠のもとへ
稽古に通う。無適斎宗匠御逝去後、尋牛斎宗匠に御指導を仰ぎ、茶陶を制作する
昭和47年 香斎を襲名。即中齋宗匠より真葛の印を頂戴し、作品に使用する
平成14年 養子和男に代を譲り隠居し治平を名乗る
平成28年 他界
~六代 香斎~
1944年 京都に生まれる
1970年 東京造形大学美術学部彫刻専攻卒業
1976年 京都の真葛窯に入り、以後五代目宮川香齋の補佐をする
2002年 一月 六代目宮川香齋を襲名する
同年 大徳寺僧堂龍翔寺嶺雲室高田明浦老師より真葛の印賜る。作品に使用する
●武者小路千家 十三代 有隣斎徳翁(うりんさいとくおう)
昭和16年に先代の娘婿として官休庵に入りました。
昭和39年にはわが国初の茶道専門学校「千茶道文化学院」を開校しました。
昭和58年秋より、古稀を境として「徳翁」号を受け、平成元年隠居号「宗安」を襲名し、とかく安易に流れやすい現在茶道界にあって、断固、一人孤高を持する風を見せ、貴重な存在でありましたが、平成11年、逝去しました。
●武者小路千家 十四代 不徹斎宗守
有隣斎徳翁宗守と料理研究家 千澄子との間に生まれ、昭和49年後嗣号「宗屋」を襲名し、平成元年10月「不徹斎」の斎号を故福富雪底京都紫野大徳寺前管長より授与されました。
同年12月、先代有隣斎が病のため「宗守」を襲名し、現在に至ります。
平成5年には現在の数寄屋茶室 起風軒を、平成17年には総黒漆塗りの茶室 仰文閣を建てました。


