★商品状態について★
ユーズド商品です。
使用感なく無疵でとてもきれいな状態なので、各部画像にてご確認くださいませ。
長時間水を張って確認しましたが、水漏れもはありませんでした。
安心してお使いください。
塗蓋もとても綺麗です。
「燔師」とは朝日焼で焼かれる陶器に見られる、独特の赤い斑点がぽつぽつと表面に浮き出たような焼き上がりのことです。
「鹿背」と並んで朝日焼を代表する景色の一つです。
独特の土味と炎が生み出し、使い込むほどに味わい深い変化を楽しめます。
表千家十四代御家元 而妙斎宗匠より御書付をいただいております。
宗員(若宗匠)時代に書かれたものです。
(昭和42年~昭和55年の間)
この時代の御書付のお品は珍しく、蓋裏には花押があります。
銘は「飛泉」で、滝を意味する涼しげな銘です。
色合いや模様、銘と夏にぴったりのお品ですので、お取り合わせにぜひどうぞ。
★寸法★
高さ 19.2cm
径 19cm
共箱、共布付きの販売です。
共箱は盛蓋が添えられた上質な組箱です。
●14代 松林豊斎(猶香庵) 1921(大正10)年~2004(平成16)年
14代松林豊斎は13代松林光斎の長男として京都府宇治市に生まれました。
本名を豊彦、号を猶香庵といいます。
1943(昭和18)年、国立陶磁器試験場を退職しました。
1946(昭和21)年、朝日焼14代を襲名しました。
1971(昭和46)年、無煙登窯を築窯しました。
1975(昭和50)年、無煙登窯に穴窯を併設しました。
三笠宮妃殿下、三笠宮容子内親王殿下に火入式で御来窯御台臨を賜り「玄窯」と御命名、
「豊斎」印を拝領しました。
1995(平成7)年に京都・大徳寺本山で得度し、
大徳寺派管長・福富雪底老師より「猶香庵」の号を授かりました。
慶長年間(1596~1615)に奥村次郎右衛門が、朝日山麓の宇治川をへだてて平等院をのぞむ景勝の地に創始したといわれる。
正保(1644~8)には小堀遠州の指導により奥村藤作が、主として茶陶を製作したと伝えられる。
慶安(1648~52)ごろから一時絶えたが、文久元年(1861)に松林長兵衛が再興してから七十四代の今日に及んでいる。
遠州七窯の一つ。


